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「ねえねえ、知ってた?」   2013/4/30更新 【チームやまゆり #10】

『レッドツリー』 『レッドツリー』
ショーン・タン【作】  早見 優【訳】
今人舎
(2011/7 出版)

 ショーン・タンの絵本には字が無い。文字があったとしても、絵の中に書き込まれ、絵の一部として溶け込んでいる場合がほとんどだ。この世に存在しそうでしなさそうな不思議なものたちが非常に細密に描き込まれている。 変なのに、あり得ないほどリアル。物語の始まりは大抵陰鬱で、登場人物は何だかとっても苦労してもがいてさまよっている。なぜ悩んでいるの?どういう設定なの?という疑問で頭をいっぱいにしながらも、絵から目が離せない。 そして…おわり数ページで急に転調が始まり、最後のページで突然に爆発的に希望が満ち溢れる。読み終えて自分の温かくなった感情に驚く。すぐに最初から読み返す。さらに温かくなる。そんな作品をつくるこの作家の絵本が、 「本なんて高校3年になって初めて読んだ」という男子も含めて一部の生徒に静かな熱狂を生んでいる。一見陰鬱で難解な作風なので、高校生にファンがいることが不思議な気もするが、当然かもしれないと思えるようなできごとがあった。
 Aちゃんは高校2年生の女の子だ。部活では揉めているし、クラスでは反りの合わないクラスメートに悩まされている。お家でもホッとできない。いつも前向きに頑張っているけれど、空回りして周りと上手くいかない。 落ち込んだ時は放課後図書館で私に悩みを吐き出して、少しだけ落ちついては彼女の世界に戻って行く。そんなAちゃんがとりわけ落ち込んでいた日に、彼女のクラスが授業で図書館にやってきた。「一冊本を選んで読み、紹介文を書く」 という、本校の生徒にとっては少しハードルが高い課題が出されている。 いつもは本を選ぶのが大好きなAちゃんがその気力もない様子を見てすすめてみたのが、『レッドツリー』だった。副題は「希望まで360秒」、早見優が文字部分を 上手く訳している。悩む女の子が主人公なことと、最後のページの希望の溢れ方が半端ないのでこの作品をすすめてみたが、気に入るかは賭けだった。とにかく本を受け取りはし、気のない様子でページをめくり始めるのを確認して 後は他の生徒の対応に追われた。どのくらいしてからか、「ししょさん!」と元気な声が背後からかかった。振り向くと、『レッドツリー』を手にもってAちゃんが顔を明るくして立っている。「気に入った?」と聞くと、 「ねえねえ、知ってた?この赤い葉っぱ。全部のページにあるんだよ!」と興奮している。私はそのことにそこで初めて気付いたので心底感心し、「ホントだ!凄いね。よく見つけたね!」と本気で褒めた。 そして、Aちゃんがひと時悩みを忘れて嬉しがっていることを内心で喜んだ。

<松ユリ>
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