ひとこまコラム バックナンバー
現代版『こころ』 2017/05/02更新 【チームひつじさん #58】
『悪意の手記』 中村 文則【著】 新潮社 (2013/02発売) |
まるで夏目漱石の『こころ』の先生の別の生き方を追求したような作品です。
難病にかかった十五歳の「私」は、死と向き合えず、生をくだらぬものと否定しようとしますが、奇跡的に回復し学校に戻ることになります。しかし、周囲に違和感を感じ、自殺しようと思っていた時、友人の「K」を殺してしまうのです。
その後、「私」の周囲には、知人の自殺を自分のせいだと思い罪悪感に苦しむ武彦や、子どもを殺されて犯人に復讐をはかるが、「殺す」という行為を憎むという結論に達するリツ子などが現れます。そして、時折彼と同じ病気で死んでいった青い服の少年の幻覚が、罪悪感や良心の象徴のように現れ、人殺しとしてそのまま苦しみ続けるしかない、というのです。
彼は殺人者として最後まで生きることを選び、武彦やリツ子もそれぞれ生きる道を選びます。結局彼は病気が再発し、今度は死と向き合いこの告白文を書くのです。
法的な罰も不治の病も人を殺した穴埋めにはならない、と自覚して苦しみ恐怖することがある種の贖罪となり、暗い小説ですが読後感は悪くありません。仲間との絆は求めながら罪を犯した人を異常な者として切り捨てるよりも、自分の心にも悪意があることを正面から受け止めるのはつらいことです。しかし悪意と良心とは表裏一体だという真実を、逃げずに考えてほしいです。
<小野沢 朝子>